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2004〜2006年のB・A・Rホンダ・ステッカー [F1]
もう出尽くしたと思っていたのですが、まだ出てきますね。電源タップを取り出そうと引き出しを開けたら、タップの代わりにステッカーが出てきました(その他いろんなものと一緒に)。
下の写真はLUCKY STRIKE B・A・R Hondaのステッカー。A4サイズです。カレンダーのグランプリ開催日に当該GPのマークを貼り付けろ、という趣向でしょうか。日本GPの図案は和食のイメージ。

2005年のステッカーもありました。ポストカードになっており、裏がステッカーです。

宛名面はB・A・R Honda007の写真。3L・V10最終年でした。

2006年版のポストカード型ステッカーは下のような図柄。大きなクルマは1/64サイズ、小さな方はカー消しサイズ。

宛名面はバトンとバリチェロの写真。懐かしいですね。

下の写真はLUCKY STRIKE B・A・R Hondaのステッカー。A4サイズです。カレンダーのグランプリ開催日に当該GPのマークを貼り付けろ、という趣向でしょうか。日本GPの図案は和食のイメージ。

2005年のステッカーもありました。ポストカードになっており、裏がステッカーです。

宛名面はB・A・R Honda007の写真。3L・V10最終年でした。

2006年版のポストカード型ステッカーは下のような図柄。大きなクルマは1/64サイズ、小さな方はカー消しサイズ。

宛名面はバトンとバリチェロの写真。懐かしいですね。

【レースな世界紀行2004】その6の2 [レースな世界紀行 2004]
きっとまたブランク空きますが、今週前半は集中的にアップします。
その6の2
IRL第2戦フェニックス
アメリカ・フェニックス
マイアミのホームステッド−マイアミ・スピードウェイでもしたように、メインスタンドの最上部に陣取ってインディカーが走り回るのを眺めることにした。ホームステッドは1周が1.5マイル(約2.4km)だが、フェニックスは1マイル(約1.6km)なので、いくぶんこぢんまりしている。しているが、天から下界を見下ろすような、エラくなった気分は味わえる。
ゆえに、爽快だ。コースの向こうに乾いた大地が広がっている。大地だけじゃなくて、乾いた山も幾峰か見え、景観に変化を与えている。そして、ビールが欲しくなる。

しばしエラくなった気分を味わってから、グランドスタンド裏をぶらぶらと歩いた。Tシャツやキャップ、ステッカーなどのPIR公式グッズを扱うオフィシャル・マーチャンダイズ、ビールやレモネード、アイスクリーム、ハンバーガーやホットドッグ、フレンチフライ・ポテトを売るスタンドが軒を連ねている。ちなみに、16オンス(474ml)入りのビールは5ドル、チーズハンバーガーも5ドル、フレンチフライ・ポテトは4ドルだった。
こうした物販のほか、観客がモータースポーツを身近に感じられるさまざまな仕掛けがあった。シボレーとトヨタは独自に大きなテントを構え、自社が参戦する各モータースポーツ・カテゴリーの競技車両を展示している。インディカー・レースを統括するインディ・レーシング・リーグ(IRL)は、ピットクルーになった気分でタイヤ交換を体験できるアトラクション、ドライバーになった気分を味わえるテレビゲーム(展示用に作ったインディカーの運転席にモニターが設置してある)を設けて、ファンとの間にフレンドリーな関係を築こうと努力している。


どちらも閑古鳥が鳴いていたのがわびしかった。そもそも、金曜日のスタンドはガラガラである。昼時だというのに、列を作らず食べ物や飲み物を買うことができる。人気のない遊園地ほど寂しさを感じるものはないが、人気のないレース場も負けず劣らず寂しい。

そうした物寂しさの中で観客の人気を集めていたのが、子供用のミジェット・レースだった。大人用のミジェット・レースの4分の1くらいのサイズで、言い方を変えればパイプフレームで組んだゴーカートみたいなものだ。もっと言い方を変えれば、スーパーのショッピングカートにエンジンがついたような風情である。
そんな極小ミジェットが1周100mくらいの極小オーバルコースをぐるぐる回っている。直線などほんの20〜30m程度で、ライン取りなどは、大人用オーバルでは直線に円弧を組み合わせた長円形だが、子供用は純粋に円形になる。
この極小オーバルに6〜7台が一緒になって競い合いをするのだが、大人顔負けのデッドヒートだ。コースが狭かろうが、直線が短かろうが、前に出たければインを刺し、気合いでもって相手をひるませて思いを成し遂げる。体は内側に傾きっぱなし。左前輪は浮きっぱなしである。
白熱してくればスピンも起きる。スピンが起きれば避けきれずに衝突をする場面も出てくる。衝突をするクルマがあれば、乗り上げてジャンプをするクルマもある。でも、くじけている様子がない。見ていて清々しい。

この極小ミジェット、調べてみれば1/4ミジェットと書いて、クォーター・ミジェットと呼ぶ。対象は5歳から16歳。全米の57カ所にコースがあり、全米のあちらこちらにクラブがある。「気になったらいつでもどこでも声を掛けて」と宣伝している。形は小粒でも中身は立派で、4輪独立サスペンションを装備。エンジンは120ccから150cc。走るのはすべてインディカーと同様オーバルコースだが、アスファルトだけでなく、コンクリートやダートも走る。
おもしろいのは“ファミリー・スポーツ”だということだ。子供の参戦を手伝うのは、家族あるいはボランティアで、実際僕がフェニックスで目にした光景も絵に描いたようにファミリーな光景だった。おとうさんが汗を流し流しマシンのメンテナンスをし、おかあさんが子供とおとうさんの奮闘する姿を半歩下がって見守るというような。
夜はジャパニーズ・レストランに行った。店の名はミシマである。フェニックスのダウンタウンにある目的の店は、ちょっと寂れたモールの一角にあった。ぼんやり薄暗い周囲の明るさというか暗さに溶け込むように、MISHIMAの店名がイルミネーションで浮かび上がっているのだが、Sの電球が切れてMI HIMAに見える。
「ヒマだったりして」
なんて、冗談のつもりで言ったら、
「ええ、そのとおりなんです」
と、ストレートに肯定の返事が帰ってきた。ガラスドアを開けてみると、15人は座れそうなカウンターにアメリカ人が3人。4人がけのテーブルが5つあるがすべて空席。一番奥のテーブルの上には200ピースは下らないだろうジグソーパズルがやりかけのまま放置されている。この状況をもって店の繁盛ぶり、というかヒマさ加減が想像できる。
店員は「寿司が自慢」だと言う。寿司といえば、生の魚をネタにつかう。しかして、フェニックスは海からかなり離れている。ゆえに、寿司や刺身はやめておこうという防衛心が働いた。オーダーしたのは、すき焼き定食15ドル98セント也。キリン・ビールの箸休めには、イカのフライをオーダーした。見た目はイカのフライというよりトンカツだが、味はまあまあである。食感がはんぺんみたいにグニュっとしていてとってもビミョーな食べ物である。
「いまからすき焼きお持ちします。これよかったらどうぞ?」と女将が持ってきたのが生卵。「生で卵を食べる習慣のないアメリカの卵は熱を加えるべし」とどこかで聞いたような気がしたが、「生卵なしですき焼きなんぞ食えるか」という思いの方が8対2の割合で強かった。
味はまあまあだった。イカのフライのようなビミョーな感じはなくて、すき焼きらしい味がする。しばらくして女将がやってきた。腰をかがめ、人の顔をのぞき込むようにこう言う。
「大丈夫でした?」
そういう聞き方ってありますかいな。
(つづく)
http://www.facebook.com/serakota
その6の2
IRL第2戦フェニックス
アメリカ・フェニックス
マイアミのホームステッド−マイアミ・スピードウェイでもしたように、メインスタンドの最上部に陣取ってインディカーが走り回るのを眺めることにした。ホームステッドは1周が1.5マイル(約2.4km)だが、フェニックスは1マイル(約1.6km)なので、いくぶんこぢんまりしている。しているが、天から下界を見下ろすような、エラくなった気分は味わえる。
ゆえに、爽快だ。コースの向こうに乾いた大地が広がっている。大地だけじゃなくて、乾いた山も幾峰か見え、景観に変化を与えている。そして、ビールが欲しくなる。

しばしエラくなった気分を味わってから、グランドスタンド裏をぶらぶらと歩いた。Tシャツやキャップ、ステッカーなどのPIR公式グッズを扱うオフィシャル・マーチャンダイズ、ビールやレモネード、アイスクリーム、ハンバーガーやホットドッグ、フレンチフライ・ポテトを売るスタンドが軒を連ねている。ちなみに、16オンス(474ml)入りのビールは5ドル、チーズハンバーガーも5ドル、フレンチフライ・ポテトは4ドルだった。
こうした物販のほか、観客がモータースポーツを身近に感じられるさまざまな仕掛けがあった。シボレーとトヨタは独自に大きなテントを構え、自社が参戦する各モータースポーツ・カテゴリーの競技車両を展示している。インディカー・レースを統括するインディ・レーシング・リーグ(IRL)は、ピットクルーになった気分でタイヤ交換を体験できるアトラクション、ドライバーになった気分を味わえるテレビゲーム(展示用に作ったインディカーの運転席にモニターが設置してある)を設けて、ファンとの間にフレンドリーな関係を築こうと努力している。


どちらも閑古鳥が鳴いていたのがわびしかった。そもそも、金曜日のスタンドはガラガラである。昼時だというのに、列を作らず食べ物や飲み物を買うことができる。人気のない遊園地ほど寂しさを感じるものはないが、人気のないレース場も負けず劣らず寂しい。

そうした物寂しさの中で観客の人気を集めていたのが、子供用のミジェット・レースだった。大人用のミジェット・レースの4分の1くらいのサイズで、言い方を変えればパイプフレームで組んだゴーカートみたいなものだ。もっと言い方を変えれば、スーパーのショッピングカートにエンジンがついたような風情である。
そんな極小ミジェットが1周100mくらいの極小オーバルコースをぐるぐる回っている。直線などほんの20〜30m程度で、ライン取りなどは、大人用オーバルでは直線に円弧を組み合わせた長円形だが、子供用は純粋に円形になる。
この極小オーバルに6〜7台が一緒になって競い合いをするのだが、大人顔負けのデッドヒートだ。コースが狭かろうが、直線が短かろうが、前に出たければインを刺し、気合いでもって相手をひるませて思いを成し遂げる。体は内側に傾きっぱなし。左前輪は浮きっぱなしである。
白熱してくればスピンも起きる。スピンが起きれば避けきれずに衝突をする場面も出てくる。衝突をするクルマがあれば、乗り上げてジャンプをするクルマもある。でも、くじけている様子がない。見ていて清々しい。

この極小ミジェット、調べてみれば1/4ミジェットと書いて、クォーター・ミジェットと呼ぶ。対象は5歳から16歳。全米の57カ所にコースがあり、全米のあちらこちらにクラブがある。「気になったらいつでもどこでも声を掛けて」と宣伝している。形は小粒でも中身は立派で、4輪独立サスペンションを装備。エンジンは120ccから150cc。走るのはすべてインディカーと同様オーバルコースだが、アスファルトだけでなく、コンクリートやダートも走る。
おもしろいのは“ファミリー・スポーツ”だということだ。子供の参戦を手伝うのは、家族あるいはボランティアで、実際僕がフェニックスで目にした光景も絵に描いたようにファミリーな光景だった。おとうさんが汗を流し流しマシンのメンテナンスをし、おかあさんが子供とおとうさんの奮闘する姿を半歩下がって見守るというような。
夜はジャパニーズ・レストランに行った。店の名はミシマである。フェニックスのダウンタウンにある目的の店は、ちょっと寂れたモールの一角にあった。ぼんやり薄暗い周囲の明るさというか暗さに溶け込むように、MISHIMAの店名がイルミネーションで浮かび上がっているのだが、Sの電球が切れてMI HIMAに見える。
「ヒマだったりして」
なんて、冗談のつもりで言ったら、
「ええ、そのとおりなんです」
と、ストレートに肯定の返事が帰ってきた。ガラスドアを開けてみると、15人は座れそうなカウンターにアメリカ人が3人。4人がけのテーブルが5つあるがすべて空席。一番奥のテーブルの上には200ピースは下らないだろうジグソーパズルがやりかけのまま放置されている。この状況をもって店の繁盛ぶり、というかヒマさ加減が想像できる。
店員は「寿司が自慢」だと言う。寿司といえば、生の魚をネタにつかう。しかして、フェニックスは海からかなり離れている。ゆえに、寿司や刺身はやめておこうという防衛心が働いた。オーダーしたのは、すき焼き定食15ドル98セント也。キリン・ビールの箸休めには、イカのフライをオーダーした。見た目はイカのフライというよりトンカツだが、味はまあまあである。食感がはんぺんみたいにグニュっとしていてとってもビミョーな食べ物である。
「いまからすき焼きお持ちします。これよかったらどうぞ?」と女将が持ってきたのが生卵。「生で卵を食べる習慣のないアメリカの卵は熱を加えるべし」とどこかで聞いたような気がしたが、「生卵なしですき焼きなんぞ食えるか」という思いの方が8対2の割合で強かった。
味はまあまあだった。イカのフライのようなビミョーな感じはなくて、すき焼きらしい味がする。しばらくして女将がやってきた。腰をかがめ、人の顔をのぞき込むようにこう言う。
「大丈夫でした?」
そういう聞き方ってありますかいな。
(つづく)
http://www.facebook.com/serakota
【レースな世界紀行2004】その6の1 [レースな世界紀行 2004]
最後にアメリカ行ったのいつだったっけなぁ、という状況ですが、この年は結構行っていたのですね。「その10」ではF1でも行きますし……。
その6の1
IRL第2戦フェニックス
アメリカ・フェニックス
初めての地に赴くときは、服装に注意が必要である。アメリカはこれまでにも何度か訪れたことがあるが、アリゾナ州フェニックスに行くのは初めてだ。インターネットや雑誌などで調べたところ、3月から4月の気温は最高が25℃前後。砂漠ゆえに朝晩は冷え込み、15度前後にまで落ち込むという。

よって半袖を基本に上着を1枚、雨が降ったらいけないのでフードのついたジャケットを1枚スーツケースに詰め込んだ。フェニックス行きの経験が豊富な人に聞いたら「雨具はまず必要ない」と言われたので、折りたたみ傘は省略した。
省略したといえば、荷物を収める入れ物も今回は大幅に省略した。普段は10年以上使い込んだサ大型のスーツケースを携えるのだが、今回は昨年購入した機内持ち込みサイズのトロリーケースにした。理由は乗り継ぎ便にある。本来ならユナイテッド航空便で成田〜ロサンゼルス、ロサンゼルス〜フェニックスで接続するのだが、うまくいかず、ロサンゼルス〜フェニックスはサウスウエスト航空というローカル便を利用することになったからである。
乗り継ぎ時間は2時間。一度でもアメリカに行ったことのある人なら苦い経験をお持ちだろうが、アメリカでは入国審査を通過するのにとーっても長い時間がかかる。荷物をチェックインした場合はバゲッジ・クレイムでピックアップ。他の航空便を利用する場合はターミナル移動をしてチェックインカウンターに並ばなければならない。と、かように煩雑なので、時間短縮のため荷物はチェックインせず、手荷物にして機内に持ち込むことにしたのだった。
この作戦は半ば成功。半ば失敗したのは、機内に持ち込むはずだった荷物を、結局は預けることになったこと。乗り継ぎ便のチェックインが出発時間ぎりぎりになったため、ほとんどゲートが閉じる間際に搭乗する羽目になったからである。
搭乗口でボーディングパスを係の人に手渡したら、
「もう荷物を載せるスペースはないから、チェックインにするね」
と言うか言わないうちに、タグをトロリーケースに巻き付けた。
すべての便がそうかどうか知らないが、サウスウエスト便は自由席である。チェックインを速く済ませた者が「A」の印のついたボーディングパスをもらい、Aがいっぱいになったら今度はB、最後にCとなる。A〜B〜Cの順に呼び出されて機内へ。頭上の荷物入れはA、B組の乗客ですでにいっぱい。C組の僕は荷物は割を食ったのである。
機内後部に空席を見つけて座り、外を眺めていたら乗り口でしばしの別れを告げたトロリーケースが運搬車に乗って貨物室に運ばれるところだった。ドライバーがカーブを切った途端に荷物がひとつ転がり落ちた。落ちてしばらく、風に吹かれてゆらゆらと揺れていた。幸い僕のじゃなかったけれど。
服装選びは半ば的中した。半ば外れたのは予想外に暑かったこと。日中の気温はこっちの表示で90°F、なじみのある摂氏にして32℃を超えている。夜になっても上着が必要なほどには寒くならないのが誤算といえば誤算だった。もっと誤算だったのは靴底が左右ともにぱっくり裂けて、中底が露出したことである。履きにくくはないがなんとなく落ち着かないので、アウトレットモールに行って似たような靴を買った。
夜はホテル近くのコンビニで買ったシェラ・ネバダ・ペール・エールを1本開けたのち、就寝。レンタカー屋でもらった地図に、フェニックスのダウンタウンにフランク・ロイド・ライト作の建築物があると記してあった。行きたい気持ちは山々で、どれくらい山々かというと、谷底から見上げたグランド・キャニオンほどもあったが、涙を飲んで諦めることにした。

「フェニックス」と聞いて思い浮かべたのは「不死鳥」である。不死鳥はキリスト教の教えでは「復活」を意味するらしい。どうしてこんなことを知っているかと言えば、以前、取材で大丸心斎橋店を訪れたことがあるからだ。アメリカ人宣教師ヴォーリズが1922年に設計した大丸心斎橋店の心斎橋筋側のエントランスには、フェニックスのレリーフが鎮座している。大丸は復活の象徴であるフェニックスをアメリカの業者に発注した。結果、届いたのが現在も見事な姿を見せているレリーフである。
だが、このレリーフ、不死鳥というより孔雀に見える。孔雀、すなわちピーコックはキリスト教で「永遠」を意味するので、縁起上は問題ない。「店が永遠に繁栄することを祈って……」という思いを込めたことにすればいいからだ。フェニックスならぬピーコックのレリーフがはめ込まれて以来、ピーコックが大丸のシンボルになった──。
というような興味深いエピソードを耳にしたせいか、フェニックスと聞くとピーコック様のレリーフを思い浮かべてしまうのである。本場(?)に行けば似たようなモチーフにお目に掛かれるかも、と淡い期待を抱いてフェニックスに向かったのだが、空港をはじめ、街のあちこちでそれらしきモチーフに出会った。ちょっとうれしい。本場のフェニックスは、孔雀よりは不死鳥らしい格好をしている(もちろん、想像上の鳥なんで決まった形はないんですけどね。だから、不死鳥を発注して孔雀が来ちゃうなんてドラマが生まれたワケで……)。

乾いた砂の大地にフリーウェイが真っ直ぐ伸びている。ずっと西に向かえばロサンゼルスに着く国道10号線だ。これを「115番通り」で降りて南に向かい、5分もドライブすると砂の大地に突然オアシス、ならぬコンクリートと鉄の巨大な構造物が出現する。フェニックス・インターナショナル・レースウェイ(PIR)である。
(つづく)

http://www.facebook.com/serakota
その6の1
IRL第2戦フェニックス
アメリカ・フェニックス
初めての地に赴くときは、服装に注意が必要である。アメリカはこれまでにも何度か訪れたことがあるが、アリゾナ州フェニックスに行くのは初めてだ。インターネットや雑誌などで調べたところ、3月から4月の気温は最高が25℃前後。砂漠ゆえに朝晩は冷え込み、15度前後にまで落ち込むという。

よって半袖を基本に上着を1枚、雨が降ったらいけないのでフードのついたジャケットを1枚スーツケースに詰め込んだ。フェニックス行きの経験が豊富な人に聞いたら「雨具はまず必要ない」と言われたので、折りたたみ傘は省略した。
省略したといえば、荷物を収める入れ物も今回は大幅に省略した。普段は10年以上使い込んだサ大型のスーツケースを携えるのだが、今回は昨年購入した機内持ち込みサイズのトロリーケースにした。理由は乗り継ぎ便にある。本来ならユナイテッド航空便で成田〜ロサンゼルス、ロサンゼルス〜フェニックスで接続するのだが、うまくいかず、ロサンゼルス〜フェニックスはサウスウエスト航空というローカル便を利用することになったからである。
乗り継ぎ時間は2時間。一度でもアメリカに行ったことのある人なら苦い経験をお持ちだろうが、アメリカでは入国審査を通過するのにとーっても長い時間がかかる。荷物をチェックインした場合はバゲッジ・クレイムでピックアップ。他の航空便を利用する場合はターミナル移動をしてチェックインカウンターに並ばなければならない。と、かように煩雑なので、時間短縮のため荷物はチェックインせず、手荷物にして機内に持ち込むことにしたのだった。
この作戦は半ば成功。半ば失敗したのは、機内に持ち込むはずだった荷物を、結局は預けることになったこと。乗り継ぎ便のチェックインが出発時間ぎりぎりになったため、ほとんどゲートが閉じる間際に搭乗する羽目になったからである。
搭乗口でボーディングパスを係の人に手渡したら、
「もう荷物を載せるスペースはないから、チェックインにするね」
と言うか言わないうちに、タグをトロリーケースに巻き付けた。
すべての便がそうかどうか知らないが、サウスウエスト便は自由席である。チェックインを速く済ませた者が「A」の印のついたボーディングパスをもらい、Aがいっぱいになったら今度はB、最後にCとなる。A〜B〜Cの順に呼び出されて機内へ。頭上の荷物入れはA、B組の乗客ですでにいっぱい。C組の僕は荷物は割を食ったのである。
機内後部に空席を見つけて座り、外を眺めていたら乗り口でしばしの別れを告げたトロリーケースが運搬車に乗って貨物室に運ばれるところだった。ドライバーがカーブを切った途端に荷物がひとつ転がり落ちた。落ちてしばらく、風に吹かれてゆらゆらと揺れていた。幸い僕のじゃなかったけれど。
服装選びは半ば的中した。半ば外れたのは予想外に暑かったこと。日中の気温はこっちの表示で90°F、なじみのある摂氏にして32℃を超えている。夜になっても上着が必要なほどには寒くならないのが誤算といえば誤算だった。もっと誤算だったのは靴底が左右ともにぱっくり裂けて、中底が露出したことである。履きにくくはないがなんとなく落ち着かないので、アウトレットモールに行って似たような靴を買った。
夜はホテル近くのコンビニで買ったシェラ・ネバダ・ペール・エールを1本開けたのち、就寝。レンタカー屋でもらった地図に、フェニックスのダウンタウンにフランク・ロイド・ライト作の建築物があると記してあった。行きたい気持ちは山々で、どれくらい山々かというと、谷底から見上げたグランド・キャニオンほどもあったが、涙を飲んで諦めることにした。

「フェニックス」と聞いて思い浮かべたのは「不死鳥」である。不死鳥はキリスト教の教えでは「復活」を意味するらしい。どうしてこんなことを知っているかと言えば、以前、取材で大丸心斎橋店を訪れたことがあるからだ。アメリカ人宣教師ヴォーリズが1922年に設計した大丸心斎橋店の心斎橋筋側のエントランスには、フェニックスのレリーフが鎮座している。大丸は復活の象徴であるフェニックスをアメリカの業者に発注した。結果、届いたのが現在も見事な姿を見せているレリーフである。
だが、このレリーフ、不死鳥というより孔雀に見える。孔雀、すなわちピーコックはキリスト教で「永遠」を意味するので、縁起上は問題ない。「店が永遠に繁栄することを祈って……」という思いを込めたことにすればいいからだ。フェニックスならぬピーコックのレリーフがはめ込まれて以来、ピーコックが大丸のシンボルになった──。
というような興味深いエピソードを耳にしたせいか、フェニックスと聞くとピーコック様のレリーフを思い浮かべてしまうのである。本場(?)に行けば似たようなモチーフにお目に掛かれるかも、と淡い期待を抱いてフェニックスに向かったのだが、空港をはじめ、街のあちこちでそれらしきモチーフに出会った。ちょっとうれしい。本場のフェニックスは、孔雀よりは不死鳥らしい格好をしている(もちろん、想像上の鳥なんで決まった形はないんですけどね。だから、不死鳥を発注して孔雀が来ちゃうなんてドラマが生まれたワケで……)。

乾いた砂の大地にフリーウェイが真っ直ぐ伸びている。ずっと西に向かえばロサンゼルスに着く国道10号線だ。これを「115番通り」で降りて南に向かい、5分もドライブすると砂の大地に突然オアシス、ならぬコンクリートと鉄の巨大な構造物が出現する。フェニックス・インターナショナル・レースウェイ(PIR)である。
(つづく)

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【レースな世界紀行2004】その5 [レースな世界紀行 2004]
8年前に書いた日記なので、「どうして?」と質問されても答えられませんが、レースの話ではありません。お許しを。当時の写真を探しましたが、撮影禁止だったのか、残っていませんでした。これも、お許しを。
それにしても、8年前のあの技術、いまどうなっているのかが気になります。
その5
日産耐久信頼性実験見学
日本・栃木
まったくレースとは関係ない旅だし、「世界紀行」と銘打っておきながらバリバリの国内なので、ダブルで禁を犯しているのだが、“オーバルコース”に免じてお許しいただきたい。いやしかし、オートレース場だの競馬場だのいろいろ連想のしようがあるだろうに、左回りの周回コースを見て即座にオーバルコースを連想するところなんざ、レースな思考に冒されすぎである。
場所は栃木県の河内郡である。上三川町と書いて「かみのかわまち」と読む。そこに、日産自動車の栃木工場があり、プルービンググランド、平たく言えば、評価路だの試験路だのと解釈することのできる施設がある。
なぜこんなところを訪れたのかといえば、日産自動車からお誘いがあったからだ。「自動車会社が研究・開発の現場でいったいどんなことをしているのか、エンドユーザーに情報を伝達する立場にあるジャーナリストにもっと良く知ってもらいたい」という親切心が発端になっている。呼び集められたのは日産・広報部が言うところの「若手ジャーナリスト」だが、何歳から何歳までが若手かという定義はかなり曖昧である。ま、それはいいとして、「滅多に見られないところが見られる」というだけで、片道120kmの行程もなんのそのだ。
テーマは「耐久信頼性実験見学・体験会」であった。いわゆる車体の耐久性というやつで、自動車という機械は使っているうちに傷んでくる。傷んでくるが、使って1カ月、1000kmも走らないうちにサスペンションが折れて走行不能に陥っては困るし、ボディにガタが来ても困る。
というわけで、耐久信頼性試験の出番だ。栃木プルービンググランドには、クルマにとって過酷な環境が整っている。日産自動車はクルマが市場に出る前にここで充分な試験をし、耐久信頼性を確かめている。林道を模したデコボコ路があれば、ザラザラした路面もある。日産のクルマは日本だけを走るわけではなくて、ヨーロッパや中国や中近東やオセアニアや南北アメリカをも走り回っている。わざわざ現地で実走行テストをしなくても済むように、世界各地の路面をここで再現しているのだ。ベルジアンロードと呼ばれる石畳の道もある。
僕らはクルマを買って、デコボコやザラザラや石畳ばかりを走るわけではなくて、スベスベした路面を走ることのほうが多いけれども、過酷な路面で耐久信頼性の確認ができていれば、スベスベでも安心して走れる。だから、ここには意図的にデコボコやザラザラが施してある。
まことにエンドユーザーを思いやった配慮だか、デコボコやザラザラの上を一日中走り回っているテストドライバーはたまったものではない。実際にテストコースを試乗させてもらったが、1周や2周なら「わー、面白い」で済むかもしれないが、100周や200周となるとちょっとツラい。1万周や2万周となると、続けられる自信はなくなってくる。
だが、そうやって開発中のクルマをテストしないと、「クルマの耐久信頼性」という大切な部分を確かめることはできない。というわけで、日産のエンジニアは知恵を絞り、自動運転装置を開発した。効率の向上と労働環境の改善のためである。
自動運転による耐久信頼性試験は、1周約400mのオーバルコースで行われている。おそらく、テストコースの端のほうだと思う。40年前の自動車運転教習所はかくありなん、というとてものんびりした空気が流れる一角に、掘っ建て小屋様の制御室があり、その向こうにデコボコやザラザラの路面が広がっている。そしてそこをテスト車両が無人で(!)走っている。
時速は30km/h。聞けば40km/hまでは出せるのだという。近くで見たいという、好奇心の仕業だろう、自然とオーバルコースとの間合いが詰まっていったのだが、すると、
「だめだめ、危ない」
と、現場の責任者のような人が声を出した。グレーの作業服に身を固め、頭に作業帽を載せている。自動車会社とは面白いもので、デザインを担当している人は身なりがファッショナブルである。テストドライバーは「ワタシ、峠攻めてます」というオーラを全身から放っている。電気自動車の電池やモーターを開発している人は学者肌な人が多いように見受けられる。で、40年前の自動車運転教習所風な自動運転試験路に詰めている人は、なんというか、人の良さそうなおじさんだ。赤ちょうちんで一杯やったら話が弾みそうな雰囲気を醸し出している。
そのおじさん、いや担当者が、「今止めてお見せしますから」と言って、見学者一行を制した。テスト車両がぐるっと回ってスタート/フィニッシュラインのような場所に戻ってくると、スーっと電車が駅に停車するように、ではなくて、カックンといかにも唐突な感じで止まった。
「どうぞ中をお見せします」
の合図で一行そろってテスト車両に近づくと、一段と高い声が飛んだ。
「あ、ダメ、クルマの前は通らないでください」
フロントバンパーの前に差し出した足がフリーズ。抜き足差し足で後ずさりし、クルマの側面に回ってテスト車両を覗き込む。首を突っ込んで車内を見ると、スチール製のボックスが前後のシートの上に載っている。どんな風情かというと、40年前のオフィスにあるようなスチール家具風である。引き出しがついて中にファイルをしまい込むような感じ。そうしたスチール製の箱にスイッチがたくさんついている。
運転席にドンと載った箱はおか持ちくらいの大きさがある。そしてそこから黒い鉄の棒が伸び、先の方が3本に分かれてステアリングをがっちりつかんでいる。視線を下に移せば、金属の棒が1本はアクセルペダルに、もう1本はブレーキペダルに伸びている。ロボットが人間の替わりにクルマの運転操作を代行していると思えばよろしい。
で、どうやって周回路をコースアウトせずに走っているのかといえば、人間なら“自戒”だが、自動運転のテスト車両は“磁界”に頼っている。コースの外側と内側から磁力が出ている。テスト車両に装着された磁力センサーがコース脇から発せられた磁力の強弱を感知。左右の磁力が均衡する位置に留まるようステアリングを操作する。右側の磁力が強いと感知すれば左に修正し、左側の磁力が強いと判断すれば右に修正するのだ。
400mの周回コースに4台が同時走行できるシステムも組まれている。これは電車の運行で用いられているATS(自動列車停車装置)を応用したものらしい。などという話を聞くと、テスト車両がオーバルコースを周回する様子が、鉄道模型がジオラマを走行する様子にダブって見えるから不思議だ。
「本来無人なんで、人が乗ることはないんですけどねぇ」などとひとりごちるような調子で担当者が言いながらも、見学者を乗せてくれることになった。助手席に1名、後席に1名が乗車する。見学者が乗る際は「クルマの前は通らないで」と言うことを忘れないし、順番待ちをする見学者に向かって「ガードレールの外に出て」と言うことを忘れない。「乗っちゃって大丈夫なんだろうか」という不安感を抱かせる演出だろうか。
外から見ていると、動きだしはスムーズだが、停止はやっぱりカックンだ。制御室でテスト車両の動きを操る担当者に質問をぶつけてみた。
「どの程度の発進加速なんてすか?」
「0.2Gです」
「では、停止は?」
「減速も同じで0.2Gです」
「ずいぶん急に止まっているように見えますけど」
「ああ、あれは緊急停止ですから」
「普通に止められないんですか?」
「いや、ええ、まあ」
僕は助手席に乗せてもらった。
「真ん中より運転席側に身を乗り出さないでくださいね。なにしろ、人が乗るようにはできてませんから」
「はい……」
400mの周回コースにデコボコだのザラザラだのいろんな路面が混在することを確認しようと思っていたのだったが、そんなことに気を配る余裕はなかった。なるほど、発進はスムーズだ。スムーズだが、車内は騒々しい。ステアリングを握る“鉄の爪”が落ち着きなくカチャカチャと神経質な音を立てて進路に微修正を加えるである。直線はまだいいが、コーナーに差し掛かるとすごい。極度の緊張で手が震えている免許取りたての初心者のような感じで、カチャカチャのピッチも高まる。とても落ち着いて乗ってはいられなかったが、貴重な体験をさせてもらったことに間違いアリマセン。
それにしても、8年前のあの技術、いまどうなっているのかが気になります。
その5
日産耐久信頼性実験見学
日本・栃木
まったくレースとは関係ない旅だし、「世界紀行」と銘打っておきながらバリバリの国内なので、ダブルで禁を犯しているのだが、“オーバルコース”に免じてお許しいただきたい。いやしかし、オートレース場だの競馬場だのいろいろ連想のしようがあるだろうに、左回りの周回コースを見て即座にオーバルコースを連想するところなんざ、レースな思考に冒されすぎである。
場所は栃木県の河内郡である。上三川町と書いて「かみのかわまち」と読む。そこに、日産自動車の栃木工場があり、プルービンググランド、平たく言えば、評価路だの試験路だのと解釈することのできる施設がある。
なぜこんなところを訪れたのかといえば、日産自動車からお誘いがあったからだ。「自動車会社が研究・開発の現場でいったいどんなことをしているのか、エンドユーザーに情報を伝達する立場にあるジャーナリストにもっと良く知ってもらいたい」という親切心が発端になっている。呼び集められたのは日産・広報部が言うところの「若手ジャーナリスト」だが、何歳から何歳までが若手かという定義はかなり曖昧である。ま、それはいいとして、「滅多に見られないところが見られる」というだけで、片道120kmの行程もなんのそのだ。
テーマは「耐久信頼性実験見学・体験会」であった。いわゆる車体の耐久性というやつで、自動車という機械は使っているうちに傷んでくる。傷んでくるが、使って1カ月、1000kmも走らないうちにサスペンションが折れて走行不能に陥っては困るし、ボディにガタが来ても困る。
というわけで、耐久信頼性試験の出番だ。栃木プルービンググランドには、クルマにとって過酷な環境が整っている。日産自動車はクルマが市場に出る前にここで充分な試験をし、耐久信頼性を確かめている。林道を模したデコボコ路があれば、ザラザラした路面もある。日産のクルマは日本だけを走るわけではなくて、ヨーロッパや中国や中近東やオセアニアや南北アメリカをも走り回っている。わざわざ現地で実走行テストをしなくても済むように、世界各地の路面をここで再現しているのだ。ベルジアンロードと呼ばれる石畳の道もある。
僕らはクルマを買って、デコボコやザラザラや石畳ばかりを走るわけではなくて、スベスベした路面を走ることのほうが多いけれども、過酷な路面で耐久信頼性の確認ができていれば、スベスベでも安心して走れる。だから、ここには意図的にデコボコやザラザラが施してある。
まことにエンドユーザーを思いやった配慮だか、デコボコやザラザラの上を一日中走り回っているテストドライバーはたまったものではない。実際にテストコースを試乗させてもらったが、1周や2周なら「わー、面白い」で済むかもしれないが、100周や200周となるとちょっとツラい。1万周や2万周となると、続けられる自信はなくなってくる。
だが、そうやって開発中のクルマをテストしないと、「クルマの耐久信頼性」という大切な部分を確かめることはできない。というわけで、日産のエンジニアは知恵を絞り、自動運転装置を開発した。効率の向上と労働環境の改善のためである。
自動運転による耐久信頼性試験は、1周約400mのオーバルコースで行われている。おそらく、テストコースの端のほうだと思う。40年前の自動車運転教習所はかくありなん、というとてものんびりした空気が流れる一角に、掘っ建て小屋様の制御室があり、その向こうにデコボコやザラザラの路面が広がっている。そしてそこをテスト車両が無人で(!)走っている。
時速は30km/h。聞けば40km/hまでは出せるのだという。近くで見たいという、好奇心の仕業だろう、自然とオーバルコースとの間合いが詰まっていったのだが、すると、
「だめだめ、危ない」
と、現場の責任者のような人が声を出した。グレーの作業服に身を固め、頭に作業帽を載せている。自動車会社とは面白いもので、デザインを担当している人は身なりがファッショナブルである。テストドライバーは「ワタシ、峠攻めてます」というオーラを全身から放っている。電気自動車の電池やモーターを開発している人は学者肌な人が多いように見受けられる。で、40年前の自動車運転教習所風な自動運転試験路に詰めている人は、なんというか、人の良さそうなおじさんだ。赤ちょうちんで一杯やったら話が弾みそうな雰囲気を醸し出している。
そのおじさん、いや担当者が、「今止めてお見せしますから」と言って、見学者一行を制した。テスト車両がぐるっと回ってスタート/フィニッシュラインのような場所に戻ってくると、スーっと電車が駅に停車するように、ではなくて、カックンといかにも唐突な感じで止まった。
「どうぞ中をお見せします」
の合図で一行そろってテスト車両に近づくと、一段と高い声が飛んだ。
「あ、ダメ、クルマの前は通らないでください」
フロントバンパーの前に差し出した足がフリーズ。抜き足差し足で後ずさりし、クルマの側面に回ってテスト車両を覗き込む。首を突っ込んで車内を見ると、スチール製のボックスが前後のシートの上に載っている。どんな風情かというと、40年前のオフィスにあるようなスチール家具風である。引き出しがついて中にファイルをしまい込むような感じ。そうしたスチール製の箱にスイッチがたくさんついている。
運転席にドンと載った箱はおか持ちくらいの大きさがある。そしてそこから黒い鉄の棒が伸び、先の方が3本に分かれてステアリングをがっちりつかんでいる。視線を下に移せば、金属の棒が1本はアクセルペダルに、もう1本はブレーキペダルに伸びている。ロボットが人間の替わりにクルマの運転操作を代行していると思えばよろしい。
で、どうやって周回路をコースアウトせずに走っているのかといえば、人間なら“自戒”だが、自動運転のテスト車両は“磁界”に頼っている。コースの外側と内側から磁力が出ている。テスト車両に装着された磁力センサーがコース脇から発せられた磁力の強弱を感知。左右の磁力が均衡する位置に留まるようステアリングを操作する。右側の磁力が強いと感知すれば左に修正し、左側の磁力が強いと判断すれば右に修正するのだ。
400mの周回コースに4台が同時走行できるシステムも組まれている。これは電車の運行で用いられているATS(自動列車停車装置)を応用したものらしい。などという話を聞くと、テスト車両がオーバルコースを周回する様子が、鉄道模型がジオラマを走行する様子にダブって見えるから不思議だ。
「本来無人なんで、人が乗ることはないんですけどねぇ」などとひとりごちるような調子で担当者が言いながらも、見学者を乗せてくれることになった。助手席に1名、後席に1名が乗車する。見学者が乗る際は「クルマの前は通らないで」と言うことを忘れないし、順番待ちをする見学者に向かって「ガードレールの外に出て」と言うことを忘れない。「乗っちゃって大丈夫なんだろうか」という不安感を抱かせる演出だろうか。
外から見ていると、動きだしはスムーズだが、停止はやっぱりカックンだ。制御室でテスト車両の動きを操る担当者に質問をぶつけてみた。
「どの程度の発進加速なんてすか?」
「0.2Gです」
「では、停止は?」
「減速も同じで0.2Gです」
「ずいぶん急に止まっているように見えますけど」
「ああ、あれは緊急停止ですから」
「普通に止められないんですか?」
「いや、ええ、まあ」
僕は助手席に乗せてもらった。
「真ん中より運転席側に身を乗り出さないでくださいね。なにしろ、人が乗るようにはできてませんから」
「はい……」
400mの周回コースにデコボコだのザラザラだのいろんな路面が混在することを確認しようと思っていたのだったが、そんなことに気を配る余裕はなかった。なるほど、発進はスムーズだ。スムーズだが、車内は騒々しい。ステアリングを握る“鉄の爪”が落ち着きなくカチャカチャと神経質な音を立てて進路に微修正を加えるである。直線はまだいいが、コーナーに差し掛かるとすごい。極度の緊張で手が震えている免許取りたての初心者のような感じで、カチャカチャのピッチも高まる。とても落ち着いて乗ってはいられなかったが、貴重な体験をさせてもらったことに間違いアリマセン。
スバルBRZちょい乗り [クルマ]
何の予備知識も持たず(つまり不勉強)、先入観も持たず(実はあまり期待していなかった)、スバルBRZに乗らせていただきました。

開発者の話をうかがっていくうちにそのクルマのファンになる、ということがままあるのですが、今回もそのケースでした。開発者の顔が見えるクルマです(ま、実際会いに行ったワケでして)。5名のエンジニアの方にお話をうかがいましたが、みなさんいい人ばかり(受け手であるこちらがお人好しな点は否定できません)。時間やコストやしがらみやらがある状況で、「いいクルマ作りたい」という思いがひしひしと伝わってきました。
詳細はBRZの販売が始まった直後に『Motor Fan illustrated』誌で紹介することになると思いますので、ここではサワリだけお伝えします。では、エンジンを見てみましょう。不勉強だったので、前方吸気になっていることすら「発見」でした。従来の富士重工業のエンジンは後方吸気ですが、エンジンを少しでも車体の後方に搭載しようとすると、吸気の取り回しが難しくなります。そこで、前方吸気にスイッチしたのですね。従来はセンターに位置していたオルタネーターは吸気系を避けるためオフセットしています。

ダクト内で意図的に作り出した脈動を車室内に伝播させるサウンドクリエイター(マーレ製)の効果、バカになりません。なくても十分心地いいエンジンに仕上がっていますが、気分は一段と盛り上がります。水平対向うんぬんを抜きにして、いいエンジンです。音もフィーリングもいい。それに、低回転から高回転まで、しっかり気持ち良く仕事をしてくれます。
エンジンをキャビン側に押し込んだらスターターモーターの置き場所が困ることになり、左側から右側に移設しました。左側のままだと、左ハンドル車の場合はアクセルペダルと干渉しますが、右側に移すと、右ハンドル車ならフットレストの陰に隠れるので、パッケージ的に成立します。サウンドクリエイターのトーボード取り付け口は右側にあるので、厳密に言えば、右ハンドル車と左ハンドル車ではドライバーの耳に届く音の感じが違うはず。

当初は新世代2.0L・水平対向のFB20型をちょっと手直しする程度で企画していたそうですが、「目標とする性能を実現するには専用に設計するしかない」という思いがまさり方針転換。直噴&ポート噴射併用のFA20型が生まれることになりました。ボアピッチは同じですが、ボア径もストロークも異なります。
下の写真はFA20型のピストン+コンロッド+クランクシャフト。コンパクトです。コレ、この状態で市販してほしいですね。欲しがる人(つまり自分)いると思うのですが。

4個のピストンを並べてみると、前後長の短さがよくわかります。直列4気筒ではこうはいきません。

しっかりさせたいけれども、軽く作りたい。その苦労の跡が、ボディに施したグラム単位の肉抜きに表れています。パネルの端が直線ではなくジグザグになっているのは肉を盗んだ跡。上の写真はフロントルーフレール。下の写真はリヤシェルフ。


当ブログをお読みの方なら先刻承知のことと思いますが、MT派です。フィーリングについて伝えなければならないと思う一方、実はツインリンクもてぎのオーバルとサーキットを混合したコースで「エンジン気持ちいいな、コレ」とか、「自分のようなシロートにとって、この粘り腰は安心できる」などと感じつつ、全開走りに興じる余り、ほとんど印象が残っていない(ということはつまり、ネガティブな印象は感じなかった。と弁明)。

公道でじっくり味わいたいです。止まっていても走っていてもしっかり「スポーツ」しているのに、乗降性やら視認性やら操作性やらに気を配っているところがスバル、ですね。
http://www.facebook.com/serakota
開発者の話をうかがっていくうちにそのクルマのファンになる、ということがままあるのですが、今回もそのケースでした。開発者の顔が見えるクルマです(ま、実際会いに行ったワケでして)。5名のエンジニアの方にお話をうかがいましたが、みなさんいい人ばかり(受け手であるこちらがお人好しな点は否定できません)。時間やコストやしがらみやらがある状況で、「いいクルマ作りたい」という思いがひしひしと伝わってきました。
詳細はBRZの販売が始まった直後に『Motor Fan illustrated』誌で紹介することになると思いますので、ここではサワリだけお伝えします。では、エンジンを見てみましょう。不勉強だったので、前方吸気になっていることすら「発見」でした。従来の富士重工業のエンジンは後方吸気ですが、エンジンを少しでも車体の後方に搭載しようとすると、吸気の取り回しが難しくなります。そこで、前方吸気にスイッチしたのですね。従来はセンターに位置していたオルタネーターは吸気系を避けるためオフセットしています。

ダクト内で意図的に作り出した脈動を車室内に伝播させるサウンドクリエイター(マーレ製)の効果、バカになりません。なくても十分心地いいエンジンに仕上がっていますが、気分は一段と盛り上がります。水平対向うんぬんを抜きにして、いいエンジンです。音もフィーリングもいい。それに、低回転から高回転まで、しっかり気持ち良く仕事をしてくれます。
エンジンをキャビン側に押し込んだらスターターモーターの置き場所が困ることになり、左側から右側に移設しました。左側のままだと、左ハンドル車の場合はアクセルペダルと干渉しますが、右側に移すと、右ハンドル車ならフットレストの陰に隠れるので、パッケージ的に成立します。サウンドクリエイターのトーボード取り付け口は右側にあるので、厳密に言えば、右ハンドル車と左ハンドル車ではドライバーの耳に届く音の感じが違うはず。

当初は新世代2.0L・水平対向のFB20型をちょっと手直しする程度で企画していたそうですが、「目標とする性能を実現するには専用に設計するしかない」という思いがまさり方針転換。直噴&ポート噴射併用のFA20型が生まれることになりました。ボアピッチは同じですが、ボア径もストロークも異なります。
下の写真はFA20型のピストン+コンロッド+クランクシャフト。コンパクトです。コレ、この状態で市販してほしいですね。欲しがる人(つまり自分)いると思うのですが。
4個のピストンを並べてみると、前後長の短さがよくわかります。直列4気筒ではこうはいきません。
しっかりさせたいけれども、軽く作りたい。その苦労の跡が、ボディに施したグラム単位の肉抜きに表れています。パネルの端が直線ではなくジグザグになっているのは肉を盗んだ跡。上の写真はフロントルーフレール。下の写真はリヤシェルフ。


当ブログをお読みの方なら先刻承知のことと思いますが、MT派です。フィーリングについて伝えなければならないと思う一方、実はツインリンクもてぎのオーバルとサーキットを混合したコースで「エンジン気持ちいいな、コレ」とか、「自分のようなシロートにとって、この粘り腰は安心できる」などと感じつつ、全開走りに興じる余り、ほとんど印象が残っていない(ということはつまり、ネガティブな印象は感じなかった。と弁明)。
公道でじっくり味わいたいです。止まっていても走っていてもしっかり「スポーツ」しているのに、乗降性やら視認性やら操作性やらに気を配っているところがスバル、ですね。
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